1〜16 大太刀 生ぶ無銘(宝寿) 特別保存刀剣鑑定書 ¥3,500,000(税込)
|
|
種別:太刀
国 :奥州(岩手県)
銘 :生ぶ無銘
時代:鎌倉時代(1190〜1329)
形状:鎬造、庵棟浅く低い。元幅広く、小鋒で元先差がある。反り、腰元より深く、強く踏ん張りあり、先・中反り無し。棟区低く有るが、刃区は作られることなく無い。茎形状は上身よりやや薄く細く、目釘孔1個の生ぶ茎。制作当時のままの生ぶ姿(うぶすがた)は日本刀の形式として古く、風格ある姿の体配です。
長さ:2尺8寸4分弱 (86・4cm)
反り: 8分( 2・2cm)
目釘孔:1個
元幅: 3・0cm
先幅: 1・6cm
元重: 0・6cm
先重: 0・3cm
茎 : 生ぶ無銘 目釘孔1個 栗尻・鑢目:不明 茎長:23・0cm。
はばき:木はばき。
鍛: 板目肌に大板目交じり流れ、沸え付き、鎬筋下に映り立ち、鎬地板目に柾流れる。作刀時の鍛え割れ1か所あり。
刃文:直刃調に焼き、小のたれ交じり、湯走りかかり、小沸良く付き、湯走り・金筋・砂流し付き匂口潤みごころに明るい。
切先:小鋒。
鋩子: 直ぐに焼き詰め。
茎 :生ぶ茎、鑢目不明、目釘孔一。
鞘書: 田野辺探山先生鞘書。
評価:
1・鎌倉時代から現代まで800年間、原作が保持された価値。
2・2尺8寸4分(80・6cm)の長寸は希少であり、元来の優美な太刀姿を保っている。
3・平安時代後期に成立した日本刀の源流になったとされている「舞草派」の踏襲が観える。
説明:
本作は奥州平泉の悠久の遺物です。
宝寿は、鎌倉末期から、南北朝へ、そして室町時代へと代々同名を使う。本作は体配から見て鎌倉中期から末期の作であることは確実と観る。
この長寸の太刀は制作された時より現在に至るまで 全く手を加えられていない生ぶ姿(うぶすがた)です。よって悠久の痕は雅景となり、作に一層の野趣を感じる。
鎌倉時代の体配の反りの表現として(1)腰元から倒れるよ(2)腰元から折れるよう、(3)腰反りが高い、という表現があります。
本作はどれにも当てはまり、幽幻な太刀姿です。
日本一美しい太刀と云われている、名物「三日月宗近」の茎(なかご)から腰にかけて強く反り、先はほとんど反りがなく、日本刀の形式として古く、風格ある姿をもっているところ等、本作同様の体配に近い姿です。
春日堂の見解は、本作は鎌倉時代から現在に至るまで工作をすることなくありのままこそが真の価値があると観て、作者のありがままを重視しています。
ご不明点がございましたらお尋ねください、協議承ります。
価格:3,500,000円 (税込み)
---------------------------------------------------
【備考】破格の禅風で知られた一休さん(臨済宗大徳寺派の禅僧・一休宗純)の大太刀は曲彔(きょくろく)(椅子)に大な朱塗鞘(しゅぬりざや)の太刀を立ちかけた室町時代に描かれた重要文化財の一休宗純像があります。象徴として用いられている。
【歴史】宝寿と舞草(もぐさ)鍛冶について。
2011年に【世界遺産】に登録されている平泉。宝寿は奥州平泉で活躍していた舞草刀工の一派です。舞草(もぐさ)鍛冶に有名な古備前正恒の父「安正」も舞草鍛冶であったという。
宝寿は、舞草鍛冶の代表工で、平安末期に源義経を庇護した藤原秀衡のころ平泉で活躍した。寛治元年(1087年)頃から奥州藤原氏の繁栄の元で、平泉で名工を輩出しており、平安時代の宝寿の父・文寿は源氏の宝刀「髭切」の作者として知られています。
在銘:宝寿には鎌倉末期の「延慶4年」1311「正中」1324〜1326年が知られているのみ、南北朝期の宝寿に年紀のあるものは、「永和二年」1376、室町時代応永には「寛正」1460〜1466年に一振りある。
|
|