(播磨家長 花押)の人物像 「長高骨太して剛者」

伊賀平内左衛門尉家長の人物像
 [ 子息 平六家長は十七歳、長高骨太して剛者 ] 
現代語: 
子、平六家長は十七歳にして、背が高く、骨格がしっかり骨太で、並外れて強く勇敢で、武勇に優れ、意志が強固な人。 参照「平家盛衰記」のかの「五節夜闇打」より

原文: 「平家盛衰記」のかの「五節夜闇打」の章
爰に忠盛朝臣の郎等に進三郎太夫季房の子、左衛門尉平家貞と伝者あり、本は忠盛の父正盛の一門たり、正盛の時 始めて郎等職となりなりたり木工右馬允貞光が孫也(中略)
家貞は布衣下に萌黄色の腹巻衛府の太刀佩、烏帽子引入袖纈て、殿上の小庭にあり、子息 平六家長は十七歳、長高骨太して剛者(中略)
親の家貞ああといえば、息子の家長もつと可ニ打入仕度」と記している

現代語
この時、平忠盛(たいらのただもり:清盛の父)朝臣の家来・郎等(ろうどう)である進三郎太夫季房(しんざぶろうだゆうすえふさ)の息子、左衛門尉平家貞(家長父)と伝えである正盛(清盛の祖父)の時から郎等(ろうどう:主人の為に軍事・身辺警護・領地の租税徴収や治安維持職)となり、木工右馬允貞光が孫也(中略)
家貞は(ほい)通常の服装の下に黄緑色の鎧つけ太刀を佩き、えぼしをかぶり、うちきの袖を引き結び、殿上の清涼殿(天皇の住居)にいて、主君の身辺警護(親衛隊)。子の平六家長は十七歳は背が高く、骨格がしっかり骨太で、並外れて強くて勇敢で武勇に優れ、意志が強固な人な人。(中略)
親の家貞が命令するならば、息子の家長も、すぐさまそれに従い軍事力の中核として、戦時には武装して戦場に赴く打ち入る(討ち入りする・行動を起こす)準備をしなければならない。

備考:一郎等とは最も主君からの信頼が厚く、筆頭の地位・家来。主君の身辺警護や所領の管理に関わった。
   「源平盛衰記」は読み本、鎌倉末期成立した本は非常に詳細で説話や背景説明多い
   「平家物語」は琵琶法師の語りの劇的と云われています。
 

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